Hatena::Grouphorror

coco's bloblog


08/01/11

[] 怪しい商売  怪しい商売 - coco's bloblog を含むブックマーク はてなブックマーク -  怪しい商売 - coco's bloblog

f:id:COCO:20080111164506g:image

f:id:COCO:20080111164553g:image

f:id:COCO:20080111164559g:image

f:id:COCO:20080111164605g:image


※この漫画はフィクションであり、ここで紹介した商品はもちろん実在しませんので、くれぐれも早川書房へ問い合わせなどしないようお願いいたします。


めも めも - coco's bloblog を含むブックマーク はてなブックマーク - めも - coco's bloblog

「屋上の宇宙少年だったら霊とか簡単に信じるなよ」

知人のblogで見かけたセリフについて考えていると、また別の巡回先でも霊の話が挙がっているのを見かけた。

不可知の存在を科学によって証明するのがSF、曖昧なままにしておくのがホラーとはよく言うけれど、このあたり個人によって認識は随分異なるでしょう。最初のセリフのようなものはその間に厳然たる境界が存在していることを示しているけれど、私自身からしてみればその壁はないに等しい。

「常に神様が見ているから悪いことはできない」といったことをいつも祖母から聞かされてきたことで、悪さに限らず何か後ろめたいことをするときにはいまだに何者かの目を意識してしまいます。その何者かというのはなにも超越した存在などではなく今では祖母や祖父なわけで、苦しいときの神頼みと言うのも、私の場合は苦しいときのばーちゃん頼みなのです、これはもう刷り込まれて育ってしまったんだからしょうがない。かといってそれが重荷になっているわけではなく、逝ってしまった者を常に身近に感じようとすることはごく自然で暖かく心地よいもの。霊感などないから存在を感じ取ることができるわけではないけれど、それは信じる信じないだけで簡単に割り切ってしまえるほど単純なものではないのです。

ホラーは怖いからいやだという言葉を耳にするとき、霊の存在や死後の生を肯定するホラーってのは本来希望に溢れたものだよといつも反論したくなってしまいます。が、大抵これは言わない。未知のものへの恐怖を打ち消すことの難しさも判っているし、恐怖そのものもまた暗い愉しみに満ちているのですから。

じゃあ科学的に解明されることを望んでいるのかというとそんなこともないわけで、それは安らいでいるであろうあちらが望んでもいない関係へとこちらから踏み込んでいくことが禁忌そのものではないかと思うことと、証明されるにしろされないにしろ、現状の関係が自分の生きるうえで都合のよい背もたれになっているからそれを壊してほしくないという身勝手な思いがそこにはあるわけです。また自分にとっては魔法めいたものとしか感じられない科学よりも、超自然のほうがずっと身近に感じられることも大きかったりします。それは結局のところ勉強不足であり向上心がないとの謗りもまぬかれないものなのですが、私にとってはここが一つのブレーキを踏むポイントとなっているわけで、この位置をさらにあちら側へ押しやろうとはこの先もきっと考えることはないだろうと思います。

ところでこういったことを考えると、ゾンビの根底にある恐怖ってのはもっと深いものだということが判ります。『ランド・オブ・ザ・デッド』の最後が希望めいているだとか、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ゾンビーノ』が新たな生の可能性を提示しているだとか、そんなものは嘘っぱちではないのか、とか。