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09/07/14

[] あるお屋敷での会話  あるお屋敷での会話 - coco's bloblog を含むブックマーク はてなブックマーク -  あるお屋敷での会話 - coco's bloblog

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「爺(じい)、私はいつまで人間の学校になどいかなければならないんだ」

「お嬢様、またいじめられたのでございますか」

「そうじゃない。あれはいじめられるフリをしているだけだ」

「ともかく、お嬢様のお姿はまだ人間の方により近うございます。血が目覚めるまでは海に迎え入れられること叶いませんので、いましばらく陸の世界で勉学に励むのがよろしいかと存じます」

「退屈ね」

「お父上もそれを望んでおられます」

「身勝手ね」

「お嬢様の将来を想ってのことかと」

「まあいいわ。それで一体いつまで我慢したらいいの」

「成長には個人差がございますが、ときが来れば兆しが現れるのですぐに判るかと存じあげます」

「兆し、それはどんなもの」

「水かき、エラ、口唇、鱗と身体各部の鰭の発達、殿方の受け入れ体勢が整えば、胸から下腹部にかけて鮮やかな婚姻色に覆われ、頬から口唇周囲には大粒の追星が…」


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「いやらしい目つきで人の体を見るなっ!」

09/02/24

[] 疾き者の夢  疾き者の夢 - coco's bloblog を含むブックマーク はてなブックマーク -  疾き者の夢 - coco's bloblog

満員電車から転がり出るようにホームに降り立って最初に私の目に入ったのは、携帯を覗きながらのんびりふらふらと歩く女性の背中だった。人でごった返すホームなのに彼女の前方にはぽっかりとスペースが空いている。つまり彼女は人の流れに乗れていないということだ。私はさっとその横を避けて前方の空いた空間に躍り出る。しかしそこに留まることなく、私はさらに人の間を縫って先へと進む。

職場ではいつものように黙々と仕事をこなす。もちろん、与えられ望まれといった働き以上のことをするのは当然のことだ。昼休みには食事しながら英語の勉強。食後も昼寝などすることなく、ずっと本を開いたままだ。

定時より1時間ほど残業して職場を後にする。同僚たちは毎日だらだらと11時頃まで残業を続けているが、私は何の後ろめたさを感じることもない。自分は誰よりも業績を上げ、会社から評価もされている。居残りなどさせられるのは無能の証だと、そんなことは小学校で学んだはずだ。

帰宅後は夕食と入浴をさっさと済ませ、PCの前に座る。最近書き上げた趣味の絵や彫刻の写真、あるいは読んだ本の批評をブログにアップするためだ。その後知人からのメールへの返信を書き上げたら、ソファへと移動してまた本を開く。英語の勉強と平行して最近特に関心を持っている生態系問題を扱った本だ。最近その本を出版している地元の自然保護団体に問い合わせ会員となったので、そちらでの活動のため週末は山や川を一日かけて歩き回らなければならない。おっと、なので今週末は会えないと彼に告げておかなければならない。


「なにをそんなに生き急いでいるんだ」

彼は言った。

「別に私は生き急いでいるわけではない。ただどこまでも先へ行きたいだけだ。朝見かけたようなのろのろと前も見ずに歩いている人間になりたくないだけだ。彼らは自分がどこまで行けるのか試すことなく、どころかどこへ向かっているのかすら判っていないのだ。自分はどこまでも先へ行き、そこに何があるのかを確かめたいのだ」

私はそんなことを一気にまくし立てた。

「先ばかりを見ている君は僕のことを見ていない」

「そうかもしれない」

としか私は返せなかった。


ゆったりしたペースの人間が傍に寄り添っていてくれれば心を繋ぎとめる港のようなものになってくれるかもしれないと思っていたのだが、そうはならなかった。彼と別れてから私は一層ペースを上げ、周囲との同調がますます困難になっていった。

しばらくすると奇妙なものが目に付くようになった。外を歩いているときに通りのちょっとした物陰などにふと目を遣ると、そこに黒い奇妙な影が見え隠れするのだった。目が焦点を結んだときにはもうそこにはいないが、その直前さっと身を翻した残像だけが一瞬網膜に残るのだ。

私は人智を超えた存在を許せない類の人間ではない。自分の歩く前に立ち塞がらなければどうということもない、と最初はそんな風に考えていた。しかし何か心に響くものがあったのか、私は日々その影を追い求め続けた。

奇妙なことに疲れているときほど影はよりはっきり見えるようであった。そのことに気づいて以来私は、来る日も来る日もへとへとになるまで働き遊び、浅く短い泥のような眠りに沈み、そこから浮き上がるとさらに生活を加速し続けた。

周囲との、現実との接点も希薄になりはじめたある日、ついに私は影の姿を正確に捉えた。薄暗い物陰に馴染んでぼんやりと見難いが、それは確かに人間だった。彼らはあまりに早く思考し移動するため、普通の人間には知覚できない世界に住んでいるようであった。そしてそんな理解に思い至ったとき、私もまた人間の時間軸とは異なる世界の住人となっていた。


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ついに私は、対等に向き合い同じ道を歩む仲間と巡り会うことができた。今では遅すぎて静止しているようにしか見えない人間たちの脇を軽やかにかすめながら、私は望むだけ加速し、全ての果てを目指すのだ。

08/12/12

[] 這い寄る混沌  這い寄る混沌 - coco's bloblog を含むブックマーク はてなブックマーク -  這い寄る混沌 - coco's bloblog

ナイアルラトホテップは占い師として町に現れた。戯れに立ち寄った夫は失せ物の在り処をぴたりと当てられしきりと関心していたが、それはけっして顔見せぬ女占い師への、巷で噂される美貌への関心だったことが後になって明らかとなった。

数日後、酔った勢いで再び占い師の下へと向かった夫は翌朝変わり果てた姿で川から引き上げられ、以来わたしは姿を消した占い師を追い続けている。

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浮ついたところもなく、よく働きよく尽くしてくれた夫がなぜあの女に惹かれたのかを考えると、自分のそれまでの至らなさや男という生き物の愚かさに、怒りや侮蔑、そして嘲笑のない混ぜになった感情が湧き起こり今でも狼狽してしまうのだが、しかし女呪い師を追う長い年月の果て、あの女に隠された秘密を暴きたいという欲望はいつしか仇討ちという当初の目的よりも大きなものとなってしまったことに、あるときわたしは気づいたのだった。


広大な砂漠を渡る旅の途上、大小さまざまな町や村で情報を集めるうち、あの女には多くの顔と名があるらしいことに気づかされた。あるときは預言者、あるときは怪しげな機械を売る商人、そしてまたあるときは無知な民衆を扇動する革命家肌の神父。場合によっては女ですらなく、どうやら対峙する人間の望む姿をその顔に映して見せるらしいのだ。

おかしな話だがそれらちぐはぐな情報の断片は、子供の気まぐれとさえ思える矛盾と慄然たる混沌の手触りによって、あの女の残していった手がかりであると今のわたしには確信できるのであった。


そして日を数えるのもやめて久しくなったある日のこと、砂漠の果ての小さいながらも豊かな王国の下町で、ついにわたしは女に追いついた。活気に溢れた露店の並ぶ通りから外れ、昼なお男を誘う商売女の目立つ暗く湿った路地の最奥に、目指すべき小さな薄汚れたテントはあった。

音もなく入り口を開け、憎しみもやましさも超越した不思議と穏やかな心の在り様で女の前に立つと、そんなわたしの内面をすべて理解しているかのような目であの女は暗い頭巾の奥から見つめ返してきた。

やがて女がゆっくりと顔を上げ、目深にかぶった頭巾の中からその顔の細部が、千もの顔の中からわたしの心の望んだ貌が現れる。

大いなる使者、古ぶるしきもの、膨れ女、嘲笑うもの、盲目にして無貌のもの。噂で訊いた異名の全てがこの者の特質を表し、かつこの巨大なる存在を前に言葉もて形容する虚しさをつき返されてもいることがいまや明らかとなった。

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ここで出会えたのは偶然ではない。さらに言うなら夫がこの存在に出合ったことでわたしとの間に縁がつながったことすらも偶然ではない。人生が偶然の積み重ねであるなどと知った風な口をきく者は、大いなる者どもの関心をかうこともなく、無知なまま一生を終える取るに足りぬ存在であると知るがよい。

偉大な父への奉仕を許されたわたしは歓喜に震え、法悦の涙を流し、性的な昂ぶりを抑えることなく淫らな喘ぎを漏らしつつ湿った地面にひれ伏し、ナイアルラトホテップとその眷属が統べる大いなる大地へ厳かに口づけをするのだった。